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リバ厨腐女子ママの考えたこと。

腐女子、創作、セクシュアリティ。

『鬼女』の『イヤ汁』:般若の巣窟から

 

花璃です。

今日は、般若の巣窟として名高い、2ちゃんねる『鬼女板』についてお話します。

 

先日のエントリーでは、わたしと周りの友人たちが、

『負け犬の遠吠え』

を読んで

「30歳までに結婚しようね!」

と誓った話をしました。そのとき、わたしたちは知らなかったのです。

『イヤ汁』を出すのは独身女性だけではないということを。

皆さん知っていますか、

「日本語インターネットの海の底には『2ちゃんねる』という肥え溜めのようなところがあり、そこで最も怖がられている種の人々が、『既婚女性板』所謂『鬼女板』の住人である」

という事実を。

わたしがそのことを知ったのは、迂闊にも(幸いにも?)自分が既婚女性になってからでした。

幸いかも知れないというのは、

「結婚しても『イヤ汁』から逃れられない」

(それどころか、『イヤ汁』が倍増するかもしれない)

という事実を知ってしまっていたら、結婚に踏み切る一番の動機を失っていたと思うからです。

 

わたしが人生で最高に惨めだったのは、結婚し、仕事を辞めて家に居た時期でした。結婚・転居に伴って仕事も友人も失い、主人の実家に同居で初めての子育てをして、家事も子どものお世話もよくやっていたし、所謂『大昔の専業主婦』的な意味ではすごく頑張っていたのですが、Facebookで友人たちの活躍や仕事の成功・ステップアップの報告を見るのもすごく辛くて泣いていました。

世界から取り遺された気がしました。

そして、不思議なことに少しも腐ってなかったです。

わたしが元気がないので、主人が下ネタのジョークを言ってくれるのですが、少しも笑えない。

 

そして、残念なことに、わたしは案の定、ママ友社会に馴染めませんでした。

ママの世界では、

『ママになってからの実績』

で評価が決まります。年齢は関係なく、一人目よりは二人目、赤ちゃんのママよりは小学生のママの方がママとして、『先輩』になります。

それはすごくシンプルな世界ですが、キャリアの途中でドロップアウトして子どもを持ったことはわたしにとっては『あがり』ではなくて、常にどうしたらそこからリカバー出来るか考えていました。

ママ社会に漂う

「『子供の為』という大義名分で『自己犠牲』を出来ることがいい母親」

という価値観の元に、

「子どもと一緒にいるのに仕事のことばかり考えてうわの空な自分」

は『母親失格』みたいで、辛かった。

 

キャリアを失った上に母親としても失格とされ、何重にも惨めな自分が嫌いだったから、わたしは仕事を始めました。

 

同じような時期にママタレのBlogで様々にケチをつける、

『鬼女板の住人』

が話題になっていました。最も濃縮された『イヤ汁』の在処は、既婚女性の住処だったのです。

良い母であるということは、『苦行』でなければならないとでも言わんばかりの駄目出しとワンセットの自分の子育ての押し付け。

(自分の親年代より上の方からも普通に言われるんです。いくらなんでも時代錯誤すぎでしょう?)

平たく言えば、彼らは

『インターネット小姑』

みたいな存在です。正直控えめに申し上げても『イヤ汁の塊』だと思います。

わたしが今、Blogでこんなことを書いているのも、

腐女子界の鬼女』

『イヤ汁の塊』

と思われるのかもしれない。自分でも、そんな気もします。

けれどもわたしは今、何故、

「『女』はイヤ汁を出してしまうのか」

ということを、考えたいのです。

既婚女性のいる掲示板(2ちゃんねる以外でも)で絶対にやってはいけない話題に、

「兼業主婦と専業主婦はどっちが大変か?」

という話題があります。

この手の板は1000000000%荒れます。

すごい罵倒・怨念の渦が巻き起こります。

外野からその有様を見ると、彼らには共通の敵がいることが分かるでしょう。

「結婚」

です。板を荒らしている彼女たちは不幸な結婚をした可哀想な女性なんです。

 

仕事をしている女性は、結婚・出産で失うものが多すぎる。

という事実があります。

賢いわたしの友人(仕事をすることに拘りがあるが、プロフェッショナルには拘りがない)は、新卒後3年で産休育休のある会社にSEとして転職し、結婚後一般職に異動した後に妊娠しました。

仕事としての穴のあきにくい職種を選んだわけです。

 

わたしも、復職してからは、『穴を開けない』『抱え込まない』をモットーに仕事をする(不在時の有事の為に予防線を張り巡らせリスクヘッジをする、プランの可視化をし、万が一自分が休んでも他の方がカバーできるようにするなど)ようにしています。

それでも、他の方のカバーがあるから働けている、ということは理解しています。

迷惑をかけることもあります。申し訳なく思っています。

わたし的には、今の仕事内容は少し物足りないくらいで、本当はもっと手応えのある仕事をやりたいけれど、キャパシティ(仕事だけでなく、子ども、家庭も加味して)を冷静に考えると、出来ないんです。

 

でもわたしは不幸ではありません。

仕事をしているとそこここで学びがありますから、それでも成長している手応えはあります。

自分は自分の出来る範囲で頑張っていると思っているから、満足しようと思っています。

「『女』の『イヤ汁』は不幸な女が出すもの」

 だと思っているから、少なくとも、今の自分に満足しなければと思っています。

(ときどき満足できなくなるときがあるので、なんとも言えませんが……) 

 

『負け犬の遠吠え』はキャリアウーマンである筆者の酒井順子さんが、普段お会いになるような女性を元に書かれているので、『イヤ汁』は『負け犬』(三十代・未婚・子ナシ)の特徴のように書かれていましたが、本当は、そんなことはないと思います。

この本が書かれたのは10年以上前ですが、その当時から、彼女のような高みの人間の目に留まらないところで、自分の不幸を撒き散らしている、既婚『イヤ汁』女性は五万と居たはずなんです。

 

そして最後に、『鬼女』は何故ママタレを叩くのか、わたし的な考察を落としておきたいと思います。

「『ママになることで仕事を失った女たち』の『ママになることで仕事を得た女たち』への嫉妬・怨恨」

であるとわたしは考えています。

 

『負け犬の遠吠え』を読んだ世代のわたしが実際に結婚して学んだことは、

「『女』の『イヤ汁』は不幸な女が出す」

ということでした。

 

これでこのエントリーを終わります。

 

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

 

花璃