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リバ厨腐女子ママの考えたこと。

腐女子、創作、セクシュアリティ。

解釈違いという名の魔物。


忙しくて頭が爆発しそう。。
花璃です。
今日は解釈違いについて書きます。

解釈違いの厄介なところは、
〜〜さんの〇〇とわたしの〇〇は解釈違い
という風には分かるけれど、
わたしの〇〇は〜〜さんの〇〇とは解釈違い
って風には分からないってところかなと。

解釈違いは、どうしても被害者風な捉え方で語られてしまう。

だけど、
解釈違いっていうのは最後まで埋まらない溝で、ただあるもの。

別に、その溝を越えようとしなければ何も起こらないもの。

越えようとする者、侵されまいと頑張る者。

わたしの〇〇は誰かの〇〇とは解釈違いだろうって頭では分かってる。
だけど、誰と解釈違いになるのかって分からないから厄介だなぁ。
としみじみ思うことがありました。


別に解釈地雷踏みたくてその解釈持ってるわけじゃないのに、違うものはどうしようもない。
誰かと解釈違いだからって迎合出来るほど簡単に変えられるものでもないから。

だけど、解釈違いを地雷と捉えるかどうかは受け手にも拠るわけで。

解釈違いだなぁ。

で済ませる方もいれば、

解釈違いは地雷です!!!!!

って方もいると思う。

わたしは年甲斐もなく後者に近いわけですが。。

だからこそ、怖いなぁと思う。

自分が人の解釈に触れることも、自分が人の解釈地雷になることも。

解釈違いが魔物なんじゃなくて、解釈というもの、そのものが魔物なんじゃない?

とか思ってみたりします。

花璃でした。