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リバ厨腐女子ママの考えたこと。

腐女子、創作、セクシュアリティ。

同人腐女子と『世界にひとつだけの花』

 

花璃です。

つい最近、SMAP解散騒動で日本列島激震してましたが、それも今は昔。

次々にニュースがあるのですっかり過去の話になってしまいましたね。

事務所を止めようとしたメンバーが叩かれていたりしたみたいですが、いちジャニヲタとしてのわたしには、90歳近いおばあさんのヒステリックな気まぐれに振り回され、お諌めすることも勇退を促すことも出来ないイエスマンしか居ない某事務所の経営体制に対する疑問しかありません。

 

わたしは、SMAPの『世界にひとつだけの花』という歌が嫌いです。

合唱コンクールの定番だったり、ウィーン少年合唱団が歌ったりしていましたが、今では音楽の教科書に載ってたりするらしい?ですね。

歌そのものが嫌いっていうよりも、子供達にこの歌を歌わせることで物事の優劣の存在を否定しようとする、教育者側の意図が嫌いです。

ゆとり思想

っていうのかな?わたしはギリゆとりに入らない昭和の BBAなので、余計そう思うんだと思います。

職場のすぐ下の後輩たちはゆとりさんでしたしね。

ゆとりにも第一世代、第二世代……ゆとりによって色々あるなぁと後輩の指導しながらヒシヒシ感じてたので、余計思うのかも知れないです。

 

今日はこの歌がどういう風に嫌いかを書きたいと思います。

 

 

実は、この『世界にひとつだけの花』って歌は、あのリバ厨腐女子の応援歌、『どんなときも』でおなじみの槇原敬之さんなんですね。さっき調べて初めて知りました。

 

「NO.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one」

 

初めにお断りしておきますが、この歌の思想自体を否定するわけじゃないです。尤もだと思うしすごく大切なことだと思ってます。

わたしも腐っても(めちゃめちゃ腐ってますが)人の親です。自分の子どもは特別な存在だし、特別可愛い。

そのことを子どもにも分かってほしいと思うし、いつも全力で愛情を注いでるつもり。

だけど問題は、なんで教育現場がこの歌を子どもたちに歌わせるか、ってことです。

なんで?

答えなんてひとつしかないでしょ?

「現実社会というのは、NO.1になれないと生きる価値がない、激しい競争社会だから」

じゃないの?少なくとも、わたしはそう思っています。

 

ゆとり教育って、明らかに失敗に終わってると思うんですけれど、なんだったんでしょうかね。

教育現場は、建前で競争を否定しながら育てた子ども達を、受験や就活、そしてその後延々続く社会人生活という競争社会に送り込むわけですよ。これは、無責任極まりないと思います。

 

生きていくために本当に必要な教育って、

競争社会の存在を否定することじゃなくて、競争に負けたときにも生きていける、自尊心の保ち方を教えていく

ことじゃないのかな?

 

『世界にひとつだけの花』の歌詞で言えば、本当に大切なのは、

世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに
一生懸命になればいい

のなかの、

自分の持っている種

に気付かせる。それが本当の教育だと思うんです。

 

引き籠りの方って、競争に参入することを拒否してる方が多い気がします。

気が優しすぎるとか、極度の負けず嫌いとか、色々理由はあると思うけれど、『回避的』ってキーワード、よく聞きますよね。

勝ち負けに敏感だと、社会生活のストレスって半端ないと思います。

教育受け終わってから引き籠るタイプの方は、そういう方多いんじゃないのかな?

 

仕事以外の趣味に邁進する独身の若い女性に対して、

スイーツ()の自分探し乙

とかいうけど、結局、それもその辺に由来していると思います。

女性が男性社会の中で競争に勝ち抜くのは難しい。もし出来たとしても、

「可愛くない」

「女として駄目」

とかいう切り札が待っている。じゃあ、男性に『競争相手』として睨まれない程度にほどほどに頑張って、その代わり、

『一生懸命になってもいい』対象を、『わたしだけの種』を探そう

世の中の女性が同人活動に打ち込むのは、そういう面があると思ってます。

腐萌えは腐女子の『自分だけの種』

同人作品は腐女子の『世界にひとつだけの花』

なんです!!!!

子育てに夢中になると一時的に脱腐する方が多いのも、そういうことだと思うとすんなり納得出来る。母親業っていう『自分だけの種』が見つかって、創作への情熱が薄れるんだなって。

恋愛中毒に女の子が多いのも、だめんずに優男が多いのも同じ背景(競争の敗者だということ)が関連していると思ってます。

 

見ず知らずのオバサマに出会い頭(!)に教育論を御訓示頂いたりする(子連れで出掛けると、本当によくあります笑)のも、多くの女性にとって、『母親であること』が『自分だけの種』であり、『子どもを育てたこと』が彼女たちの『世界にひとつだけの花』だからなんだなぁって思ったら、何言われても笑顔で受け流せる気がする

 

念の為、わたしはSMAPが嫌いなわけじゃないです。

ここまで書いて気づいたけど、曲自体が嫌いなわけでもない。

ただ、『世界にひとつだけの花』という曲の教育プロパガンダとしての利用のされ方に違和感を抱いていて、解散騒動でこの曲の購買運動が起こったと知り、ちょっとすっきりしない気分を持ったので、こんなことを書きました。

 

お気を悪くされた方がいたら申し訳ありませんが、ご容赦願います。

 

花璃。