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リバ厨腐女子ママの考えたこと。

腐女子、創作、セクシュアリティ。

サイト時代はユートピアだったか?②(買い専哲学編)

わたしの腐女子遍歴 腐女子を考える 腐女子ママ地雷を語る

 

花璃です。

読み手編として書き始めましたが、なんだか創作と同人全般の話になってしまいました。

次はちゃんと読み手編書きますが、今回は読む人を選ぶ内容です。

 

本当、わたし殺されるんじゃない?って思いますが、こういう人もいるってことの参考に書きます。

 

以下は、読んでも怒らない人だけ読んでください。

苦情は受け付けません。

 

 

 

即売会育ちのサークル者の諸先輩がた、歳下でもしっかりした同人歴をお持ちの方には申し訳ないですが、わたしは同人誌を買うのが嫌いです

何故なら、ハズレが多いから。

 

わたしは、どうせお金を出すのなら巧い人の、面白い本が欲しいって思ってます。

即売会に行くと、欲しい本はやっぱり買っちゃいます。が、二回読む本ってほとんどなくて、大抵一回読んで(というか目を通して)、古本屋さんに売ります。

家に同人誌を置いていると旦那や子供に見咎められるリスクにもなるので、通販でもイベント後でもすぐ読めるわけではなく、家に誰もいないときを待ってドキドキしながら開きます。じっくり読むっていうより、中身を確認する程度です。

そして、売るか残すか決めてほぼ90%処分します。

こんな読み方しているし文盲なので、小説本なんかは、一回目も3ページくらいしか読めずに売ること多数也。

最後まで読んだら面白いのかもしれない、とも思うけれど、3ページ読むのもだるいような本が面白いわけないって思ってるのですかさず売ります。

 

たまに、はまって何度も読む本もあります(そして、そういう本は何故かコピー本が多い)が、最終的には処分します。

何回も読んで中身を覚えているし、コピー本は読みすぎるとバラバラになるのでその頃にはボロボロになってるんですよね。

多分、同人誌好きな方には信じられないと思うんですけど(実際、自分でもよく後悔するんですけど)、こういう人間もいるんです。

 

じゃあ、わたしは同人誌を買わないのか?

と言われるとそういうこともなく、イベントに行っていた頃は

(島内)絨毯買い

(サークル内)全種買い

(同一冊子)二冊買いも(読む用と保存用)も

よくしてました。

最近でも、通販サイトで新刊絨毯とかカプ絨毯とかします。

 

同人誌を買うのが嫌いなくせに、なんでそんなことするの?

ってきかれると答えに困ります。

古本じゃなくて新刊で買って古本屋に新品同様のまま二束三文で売るんです。

完全にお金をドブに捨てている……

だけど、わたしは同人誌を買うことは一種の自傷行為だと思っているので。お金をドブに捨てないと意味がない、とも思ってます。

なんでそんなことするの?

って思います。

商業誌じゃダメなの?

とも。

商業BLにも好きな作家さんはいます。が、なまじクォリティが高かったり気に入っていると、捨てるときにつらくなるからあまり買いません(商業誌も基本的にすぐ処分します)。

あと、同人誌でないとダメな部分もあると思ってます。

平たく言うと、出会いを求めているから

ほんの一握りですが、この本に出会えたから行った甲斐があった。って思う本に出会えることがあるから、やってしまう。

多分きっとこういうのが即売会の醍醐味なんだろうなぁって思いますが、わたしの場合そういう本はなぜかコピー本が多いです。

なんででしょうね?

コピー本として頒布して頂いたものに限らず、無配本でも、何度かホチキスし直して読み返すような本にも何冊か巡り会えました。

(ちなみに、わたしが(中学生時代を含む)生涯で参加(もちろん一般参加)した同人誌即売会数は10回くらいなので、あまり多くはないです。)

 

なぜ、同人誌じゃないと駄目なのか?

腐女子な自分は何かを拗らせていて、それを昇華させたい。万人向けでなく、同じような拗らせたシロウトがただ自分の為に書いているものの中に、それを昇華できる種があるのでは?というような期待があるんです。

多分拗らせているのは自己愛と呼ばれるようなものなんだと思う。

自己投影云々で過剰反応してしまうのも、きっとわたしのなかの自己愛の歪みが、

『自己投影アレルギー』

として出てくるからなんだろうな。と自分では思っています。

 

創作者としてのわたしは職人気質というか、作品のなかでは自己愛をどうしても昇華できない。(だから二次創作の、しかもBLをやっているんだろうと思っています。)

わたしが同人誌を買い漁るときは大抵創作を辞めているときで、また創作を始めると、不思議と欲しくなくなります。

勿論、本当に欲しいと思うものは買うけれど、手当たり次第買うような自傷行為はしなくなる。

 

創作っていう行為が自己愛の歪みを昇華することなんだと思えば、同人誌のなかに自己愛の昇華を求める逼迫感がなくなるので、それも理解できるなぁって思うんです。

 

即売会の本家本元(?)コミケの商業化がいわれているようですが、今は即売会、というか同人界全体が商業化されていて

『売れること』

『承認欲求の満足』

が二大目的化していて、

『 創作による自己愛の昇華』とか、

『素人だけど創作が好きとか、

創作の同好者会としての向きの側面が廃れてきているかなぁ。と思います。

『売れるもの』と『昇華したい何か』

だったら、『売れるもの』を書く人が増えてるんだと思う。

自費出版ってお金がかかる趣味だし、社会全体に景気が悪いから売れないものは(趣味でも)作りたくないって気持ちは分かる。

ある程度技術のある、売れっ子の方ほど売れなかったときの損は大きくなるわけですから、仕方ないと思う。

あとは、SNSの台頭により発表のプラットホームが整備された影響で書き手と読み手の垣根が下がり

『創作が好きってほどでもないけど交流ツールとして創作らしいことをする

人が増えてる気がします。

結果として創作する母体は増えているけれど、本当に『創作』として楽しむのは難しくなったなぁって思います。

作品の母数が増えすぎて、求めるものになかなか辿り着かないとか、読む人を選ぶものは(発行部数が少なかったりコピー製本だったりして)通販で買えないとか。

末端創作者は実際には創作者じゃないので、売れ筋の大手さんの劣化コピーみたいになってくるから、母数は多くても似たり寄ったりになるっていうのはあると思う。

(こんなクソミソに書いたら二次創作者全体から嫌われるなーーーー)

似たり寄ったりな多数派が受け付けなかったら、数が多くても飢えますよね。

 

だから、ある程度買ったのに

「欲しい本がない〜〜〜〜!!!!」

ってなったらわたしは仕方なく自分で書きます。

自傷行為で心の隙間が埋められないと確信しないと動かない怠惰さではありますが、わたしは買い専腐女子なだけでなく、創作者でもあるので。。

 

多少なりとも自分が書くと満足する部分があるので、同人誌がなかなか売れなくなってきているっていうのは当然かなぁって思いますね。(同人バブルの頃は、大手は万部単位だったらしい)

タダ読みと読み専の書き手化で需要の天井が下がる。と。

その背景にはPixivとTwitterによるプラットホーム整備がある、という。

 

次こそはその辺を書きたいですね。

 

花璃。