リバ厨腐女子ママの考えたこと。

腐女子、創作、セクシュアリティ。

腐女子のカタルシス・カテクシス④-2(脆く崩れおちる自己愛②:書き手が感想を送るということ)

引き続きこの匿名ダイアリーについてのエントリー↓をお送りします。

anond.hatelabo.jp

今日は読み手の発信について書いたこちらのエントリー↓

fujoshimama.hateblo.jp

の続きです。

わたしの簡単な感想についてはこちら↓

fujoshimama.hateblo.jp

クソミソに言ってたかもと思ったけど、意外と最後まで優しくて自分の性格の良さに涙が出た( ^ω^ )♡

今日はこんな感じでお送りします〜

  

 

① id :modubrother青色オードミーさん方↓からのエントリー『感想はほしいと思うのに、感想を送れないのはなぜか』。

modubrothers.hatenablog.com

わたしのこの辺のエントリー↓と書きたいことが似ているなぁと共感♡

fujoshimama.hateblo.jp

 

②『創作者に人格を求めないでほしい』エントリー

特にこのエントリーなんてそれな ´д` ;(泣)

modubrothers.hatenablog.com

って感じ。

いや、マジで、何回

「こんな人だと思わなかった」

って去られたことか( ;  ; )

人格についてくどくど言われたのは一回だけだけど、会った後とかスカイプした後とかDMやりとりした後に連絡が途絶えたりブロックされたり。。

(わたしはどんだけアレな奴なんだ????( ;´Д`))

作家さんへの無意識の期待をしてしまうという冒頭の

 不思議と、素晴らしい作品を作り上げる人に関して、きっといい人なんだろうなとか、それこそ顔がいいんだろうなとか、と私は結構勝手に思うタイプで、そういうタイプであることを自覚している。
 それは漫画や小説の中に出てくる、類まれなる才能を持った主人公にクズみたいな人間はおらず大体が美男美女だからだ。ただ、それは物語の中だけにしか存在しないことも知っている。

部分とかは、これはないな〜って思うけど、感想についての部分は頷くこと多かったです♡

 今のSNSではきっと、作者から返信を貰ったらまた何か「お返事ありがとうございます!」とか返信をしなければいけない気持ちになる。でも、ウェブ拍手では返信のしようがないのだ。「前回と同じ〇〇です!」と言ってもう一回コメントを送ればいいが、別に向こうもそれを期待していたりはしない。
 その適度な匿名性がよかった。もしかしたら、悪意あるコメントを沢山送り付けられていた人もいたかもしれない。だから、私がいいと思っているだけで、まったく反対のことを思っている人もいるだろう。匿名性が無いから、悪意あるコメントを送れなかったと。
 そういえばこの間ウェブ拍手がはやった時にも、悪意あるコメントを送り付けられて困っている大手さんがいた。でも、悪用しようと思えばツイッターでも他人の攻撃はいくらでもできるから、結局はコンテンツではなくユーザーの問題だ。
 ウェブ拍手というコンテンツでなくてもいい、匿名で感想を送れれば、あるいはもっと感想というものは前みたいに気軽に送れるのかもしれない。

Web拍手が良いよね。というご意見には賛成です。

初めから自己顕示欲で、

買い手の『買って読んだアピール』

のための感想というのもないとは言えない(買ってないのに感想を言う、エア感想と言うのまであるらしい)し、実際、元増田のように無意識的にでも

「ファンです♡」

ファンを騙りながら作家から搾取しようとする読み手もいるのでね。。(作家に自分の萌えを供給させたいだけなのに『ファン』を自称する輩

 

③通りすがりの読み専の方のコメント

このエントリーに付いていたコメントも面白かったです。

通りすがりです。私は感想用アカウント作って感想送ってますね。ネガティブな意見がない、細かいココが良かったって感想ってすごく貴重らしくて、ごくごく一部の界隈ではまるでこっちが神みたいな言い方されたこともあります。個人的な意見言うなら作る方が確実に神だし、現実では自分なんかクソみたいなやつんですけどね。

自分が感想送るのが全く苦ではないというのもありますが、みんなもっとロム垢作ってでも感想とか送ればいいのになって思います。ホントはそんなことしないで、そちらの言う通りもっとさっくり環境が整ってくれて、もっともっと気軽に感想だけ遅れたらいいのにとは思いますが。

取りあげてらっしゃる粘着マイナーカプの人は私は大嫌いです。感想送りまくってそれなら理解できる部分も、彼女のようなふぁぼすらしない完全ROM専ではエサくれないくせにエサ寄越せって言ってるだけにしか見えません。

感想を送らないROMなら、吐き捨て含めてあんな風にわめく権利はないと思います。ただROMってるだけならまだしも。

長文失礼しました。

良識派のプロ読み専の方。素敵ですね。

手段としては、匿名拍手かROM専アカウントっていうのがやっぱり無難なんでしょうかね〜

 

④咀嚼(id:haraherix)さまからのエントリー 『感想が送れない』

はてなって本当に腐女子多いですね。びっくり。

haraherix.hatenablog.com

先ほどの②のBlog主さま、id:modubrotherさんのコメント返信でご紹介されていたBlogです。

そもそも私は「感想文」というものが苦手だ。

何かを読んで、胸がグワーッとなって………それが言語化できない。胸がグワーッとなって、「ハ〜今回の本も最高だった。この方は天才だな。最高だぜ。」…以上である。どこが良かったとか、どう良かったとか、表現できない。

だって全部「最高だった」のだ。一言一句の表現が、キャラクターの表情が、情景の描写が、なにもかも全て「最高だった」のだ。この感情がなんなのか分からないが持ちうる限りの言語で表すなら「最高だった」なのだ。

最も高いと書いて「最高」。私の中の最大級の褒め言葉だ。

要するに、語彙が無い。

書き手に感想文を送りつける。

という発想がそもそも理解できないです。

書き手は、下手な素人の書いた小学生以来の読書感想文を読まされるんですか???

何の罰ゲームなんだろう( ^ω^ )wktk

感想を言うっていうことは、読書感想文を送りつけるってことなんですか???

違うでしょ?

ここにきてようやく、わたしが感想をもらいたくない理由が分かりました。

下手な読書感想文(無条件に行間読みの採点を迫られる)を送りつけられた挙句に、こんな大層なものを頂いたからにはこの!忙しいのに!感じよく返事しなくちゃいけない!!!!というプレッシャーに晒されるのが厭だってこと!!!

fujoshimama.hateblo.jp

ならば、「新刊最高でした」とだけ送ればいいのではないか?そうも考えた。

今どきのTwitterではエア感想(買わずに感想送ること?!?(・_・;?)とかもあるらしいから、一概には言えないけど、本当、

「最高でした」の一言

でいいと思うなぁ。

もらった方も返事しなくちゃって思わなくていいし、返事したとしても簡単でいいし。

「最高の一言でいい」はいみじくもこの方ご本人もおっしゃっています。

ここまでつらつらと書き連ねて来たが、作家側の視点でこの記事を読んだ私は「どんな感想でも気にしねぇ、最高、だけでも嬉しいんだ、私の作品に2文字も打ってくれてありがとなって思うぞ」と言った。

では、何故感想を送れないのか。

つまり、読み手の私のエゴなのだ。

「怖い」と前述したが、正直なところ、「私の感想で作者に喜んでほしい」という厚かましく面倒くさい想いが邪魔をしているのだ。

独りよがりなエゴで、私は今日も、一番最低な「無反応」を貫いてしまっている。

さすが作家さん。よく分かってらっしゃる。

『独りよがりなエゴ』

ってほんそれ。次項にて詳しく書いてみようと思います。

 

書き手が陥りやすい3つの罠

書き手が感想を送るときに陥りやすい3つの罠は

  1. 創作感想文(本当に感じたことでないことまで盛る
  2. 批評家目線で読んでしまい、感想ではなく評論を書き始める。
  3. 批評家目線で読んでしまい、萌えられない

特に2と3は書き手独特というか、根の深いものがあると思います。

大体、絵にしろ文章にしろスポーツにしろ、ある程度以上巧くなる人っていうのは自分の中に批評家を飼っています。

というか、ある程度才能があったとしても、自分を客観的に分析する能力がない人間は必ず行き詰まります。(幼児教育の本にも書いてあった↓)

このエントリー↓に関連してなんですが、

fujoshimama.hateblo.jp

件の作家さんがわたしを怒らせたのは、何度もわたしの作品の『感想文』を書いてきたからです。

「なにその評論家気取り???」

って思いました。

好きですとか良かったですとか言われたら普通に嬉しかったと思います。が、わたしは器がちっちゃいので、他人の(特に自分にとって取るに足らない人間の)評論を受け入れられません。(自分の尊敬する作家さんとかなら多分別)

そもそも、わたしは人に見せる時点で、ある程度自分の中で合格点が出たものしか見せませんし、作家さんというのは一般的に、『作品として』見せるものというのは一定のラインを超えたものであると思います。

例えダイヤの原石が埋まっていても、作品として見せられないものはゴミなので人には見せません。

「あ、ここにダイヤ埋まってるな。後で時間があったら掘り起こして磨こう」

そう思ったまま永遠に放置されることがほとんどです(95%)。

だからこそ、作品を作るっていうことも作品が出来るっていうこともわたしのなかでは奇跡だし、人に見せられるくらい形になったと思えば嬉しくて嬉しくて、それだけで嬉しいんです。

それで、他の方が読んでくれたらもっと嬉しくて、「いいね」って言ってくれたらもっと嬉しいというか。

わたしだけかも知れないけど、まずは自分の大切な一部が作品になっていることが何より嬉しい。

だから、見ず知らずの(しかもどヘタレに)

「御作のこの部分が云々登場人物が云々」に

なんて言われた日には、

小林秀雄かよ???(笑)」

って思って、正直もうね。。

いや、作品を好きだと思ってくださったんでしょうし、そのこと自体は嬉しいんですよ。ありがたいことだなぁと思う。

だけど、批評して頂くまでもなく、わたしだって作品にするときに一応ああでもないこうでもないって考えてるんです。で、

「よし、形になった!」

って思って発表してるんです。

勿論、そんな完璧なものではないし、完璧にはならない。その上で出来るだけ善処して、もうこれ以上は今の自分には無理だなって思って作品として完成した『ことにしてる』んです。(だから過去作品が直視に堪えなくなったら下げる)

感想を送るっていうのは批評を送ることであってはならないと思うけど、書き手同士ってどうしてもそういう目で読みがちだしなんかいらんこと書きそうになるのは分かる。(だからわたしは自分が書くときは読まない)

でも、相手が欲しいのは批評じゃなくて

「好きです」

「萌えました」

でしょ。

小林秀雄の評論は確かに素晴らしいけど、本当に素晴らしいのはやっぱり作品だということなのかも。。

「良いな」

「萌えるな」

って思っても、書き手が感想を送るとなると文字通り『エゴ』(自己中という意味でなく、自我という意味で)が邪魔してなかなか完全燃焼出来ないというのはまあ、あるんじゃないかなぁと思います。

わがままというよりは、宿命?(良いこと言うなぁ♡)

エロやギャグだと無駄なこと考えずに萌えられたり、あまりにも作品が圧倒的だったら筆を折るか脱帽するってこともあるだろうけど、同人は所詮素人集団、巧いもヘタも結局どんぐりの背比べだから仕方ない部分もあるんじゃないかなぁ?

感想うまく書けないって悩むよりも、究極的には、萌えたら作品書く(書いて増やす)しかないと思いますよ。

作品で殴る

っていうけど、やっぱり良いものは良い。(断言)

結婚前に捨てた同人誌とかでも、まだ覚えてるもん。(殴られてる←)

批評も大事だけど、わたしは創作が好きだしわたしに必要だからやっぱり何か書いていたいなぁと思います。

人を殴るためというよりは、将来の自分の(萌えの)ためですけどね。

 

花璃。