リバ厨腐女子ママの考えたこと。

腐女子、創作、セクシュアリティ。

腐女子のカタルシス・カテクシス④-3(脆く崩れおちる自己愛③:『ほめて箱』とかいう腐女子の承認欲求の進化系)

お久しぶりです。花璃です。

このエントリーについての続きです。

anond.hatelabo.jp

大概飽きてどうでも良くなってきてるのですが、完結税とられる世界線が怖いので取り敢えず書きかけたとこまであげます。

前回の尊い読み専さんのおっしゃっていた匿名アプリの一種、『ほめて箱』についてです。

 

 

 

最初に言っておきますが、わたしは人を『褒める』ことが悪いと思っているわけではありません。

人は、『貶す』よりも『褒める』 方がいいに決まっていますし、わたしもいいなと思ったらいいね♡や☆を送るようにしています。

わたしが言いたいのは、

見ず知らずの人に「わたしを褒めろ」プレッシャーを掛けるのはあまり得策ではないのでは?

ということです。

例えば、こんなTweet

ぷっ(・∀・)

「私なんてダメなんです…こんなもの…チラチラッ」

だってε-(´∀`; )

こういうこと言ってる人でhtrじゃない人って見たことないんだけど(・∀・)

(巧い方なら、よほどメンヘラとかかな?)

「褒めて」

って言うのは自由だけど、わたしに褒めさせようと思ったら萌えさせてみろと思います。

萌えたらhtr絵でもなんでも尊く見えるので、褒め言葉も出てくるでしょう。

わたしはいいと思っていないものは褒めたくないので

htrなのにタダで褒めてもらおうっていうのは図々しいんじゃない?」

って思います。

とはいえ、わたしはhtrだからダメだとは思いません。

たとえhtrでも面白そうなら・欲しければ喜んで買います(何しろ、わたしは会場でホチキス止めてるような突発コピ本が大好き♡)。

「私なんてダメなんです…こんなもの…チラチラッ」

なんてせずに、自分の作品に自信を持って、堂々としてればいいでしょ?

htrは相対評価だけど、作品は絶対評価です。

同人において

良い作品っていうのは巧い作品とは限らない

のです。

htrだけど面白い・萌える作品よりも巧い良作の方が勿論割合としては多いですが。)

そもそも、同人とか創作ってまずは作ることが第一目的なんだから、とにかく作って、作ったものに満足してればそれでいいじゃない?って思います。

人に見せること・更には評価というのは同人創作の副産物ですよ。

なんで

「私なんてダメなんです…こんなもの…チラチラッ」

ってなるのかな???

「じゃあそんなもの人前に出すなよヾ(*`⌒´*)ノ」

って思いますよ。

  

褒めて欲しいという欲求を持つことはすごく健全なこと

「褒めて褒めて」は幼児かよ?って思うけど、ここまで自覚してるなら↓

「勝手にオギャってください」

と言える(褒めてる)。自分をここまで客観視できてれば問題ないと思う。

同じような内容ですが、

「上手に描けたから褒めて欲しい♡」

っていう欲望が見える方が見てる方が楽しくなるっていうのも、自然な欲望が表現できる作家さんの健全さに共感できるってことかなと思います。

そう、『完璧な』作品っていうのは永遠に完成しないので、作品を『仕上げる』過程で自分で自分の実力と妥協して『完成』ということにして放り投げるわけです。

わたしも「うまくいかなかった」細部の方が目に付いちゃうタイプなんですが、自分の書きたかった「萌え」自体は形になってるから作品として投げたわけで、そっちをアピールしていけるようになりたい。

 

批評家精神が強すぎてポジティブ面に目がいかない人

わたしは、自分の作品が完全だと思ったことなんて一度もないから、変に褒められたらやっぱり嘘くさいというか、素直に喜べない。

だから、褒められたいと思ったことはないんだけど、ただ、自分の『表現したいこと』というのは確かにあるので、それが伝わっているかどうかが知りたいなと思うことはよくあります。(感想欲しくないけど伝達確認みたいなのは欲しい。←わがまま) 

 

なぜそんなに褒められたいのか?

ということについて、こんなTweetを拾ってきました。

「やたら褒めて欲しがるのは、自信のなさのあらわれでは?」

というツッコミ。わたしもその通りだと思います。

こちらは仕事面についての呟きですが、作品が落書きばかりになっちゃう(本を出さない)絵描きさん的な感じもしますね。

Twitterでやたら自分や他の方の絵の描き方とか塗り方について語る絵描きさんっていますけど、どんどん本を出される方(もちろん絵もお上手)にはそういう(やたら絵について語る)方は少ないと思っています。

Twitterする間を惜しんで手を動かしてらっしゃるからでしょうか?

字書きのくせに小説は読まない・読めない・買わないので文字書きさんについては知識不足ですが、わたしがまだ小説を読み、小説同人誌を買っていた頃、日参していたサイトさんのほとんどが、今思い起こせば雑記やブログのページがありませんでした(作品とオフラインのお知らせのみ!)。

offlineのサンプルとお試しSSのためにわたしを含む多くの信者が足繁く通うくらいだから本当、みなさん神でした♡

わたしが同人小説を読まなくなったのも、Pixiv時代になって、インターネット上の同人小説の総量が物理的に膨大になり、htrの割合が増えた(小説は日本語が使えれば一応かけますから、漫画より参入しやすいんだろうと思います)からっていうのが大きな原因な気がします。(自分の小説も読んでもらえなくなったかも?と他罰的なことまで思う)

 

やたら褒められたがる人への対処法

褒め疲れするほど褒める人もいないと思いますが、律儀な方もいるかもしれません。

また以前、わたしをやたら褒めてくれる方がいらっしゃって仲良くさせて頂いていたら、

「わたしばっかり花璃さんを褒めて、花璃さんは全然わたしを褒めてくれない」

とかいう(わたしに言わせれば意味不明な)ことを言われてやたらめんどくさい思いをしたことが一度ならずあるのでやたら褒めてくれる人にも注意が必要だと思います。

それな〜〜〜( ;  ; )って思わず唸るつぶやき。

わたしも変なのに捕まって大変だったことあるから分かる〜〜

自己肯定感が低い人って、面倒なだけじゃなくて自分と他人の区別も付かないから振り回されて大変なのよ。。

自己肯定感云々について母親との問題を持ち出すことへの批判はありますが、個人的にはわりと関係あるんじゃないかなあと思っています。(わたしは母のことは大好きですよ。ときどきしんどいこともありますが。)

個人の資質(遺伝)40%、育ち(育てられ方)40%、大人になってから自分でなんとかなる分20%〜くらいな気がします。

出会いによっては大人になってから大分変わりますけど。

自己肯定感が低い=母子分離がうまくいっていない

から、自分を客観視できないし、自分以外の他人を母親(=自分の延長)か敵かのどちらかにしか分類できない。 

イラつく他人を無視していないものとして扱う、とか、適当にあしらうってことが出来ないの。(わたしもそういうところあるけど´д` ;)

わたしもどちらかといえば母子分離のあまり出来ていない自己肯定感の低い人間で、自己肯定感が低い人にとっては、恋愛したり結婚して家族を作るっていうは結構しんどいけど、家庭の営みの中で自分と向き合って段々マシになっていくことがあるし、何より物理的に『母子分離』出来るので生きやすくなると思います。

↑こんな感じで、母親以外の人間に存在を認められるってことが、母親に支配されている(と自分では感じている)人間にとっては救いになるんですよ。

わたしは自分でも、結婚が破綻すると病むだろうなぁと思うし、わたしの女友達たちも、夫婦仲がこじれるとやたらメンがヘラった

誤爆か?」

と思うようなポエムメール送ってきたりしますからね(*腐女子ではない既婚子ナシ女性)。

わたしの場合、子供がいるっていうことも夫婦仲がこじれた時のメンヘラの保険として役立っているかもしれません。

というか、二人の親になった現在の自分自身を振り返ると、若い頃では考えられないくらいド健全な生活をしていて(夜は子どもと共にスヤり、三食欠かさず食べ、日中は子どものお散歩やお買い物と称して、存分に太陽の光を浴びる生活)、色んな悩みはあるにしろそんなに病みモードになることもなく

「わたし、もうメンヘラじゃなくね?」

って思わないこともないです。

それなりに悩むことはありますし、 精神の耐性が低いのはそのままなんだけど、考えることの量が増えたから、一つの悩みに病むほど支配されることがなくなったというのが正しいのだと思います。

拾い物ですが、この画像でいう、

f:id:fujoshimamacarri:20180112233656j:plain

依存先が増えたっていうことなのだと思う。

 

ほめて箱腐女子に足りないもの

ちょうど2年ほど前にこんなエントリー↓を書きましたが、

fujoshimama.hateblo.jp

腐萌えは腐女子の『自分だけの種』

同人作品は腐女子の『世界にひとつだけの花』

作品を作るのは純粋に自分のためで、作品は作家のものだけど、誰かが楽しんでくれたら嬉しいなと思うし、『誰か』に見てもらいたいから発信している。

生きていくために本当に必要な教育って、

競争社会の存在を否定することじゃなくて、競争に負けたときにも生きていける、自尊心の保ち方を教えていく

ことじゃないのかな?

『世界にひとつだけの花』の歌詞で言えば、本当に大切なのは、

世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに
一生懸命になればいい

のなかの、

自分の持っている種

に気付かせる。それが本当の教育だと思うんです。

これでいうと、

『自分の持っている種に気づけない子』

がほめて箱腐女子なんじゃないか?というのが私の仮説です。

このエントリーでいうところの、

www.fujoshimama.com

自分を客観視できない人の一部が承認欲求を拗らせてる説。

腐女子と母子関係についてはまた別エントリーで書きたいな。

 

ほめて箱を設置したい腐女子は、宇多田ヒカル先生の『Show Me Love (not a dream)』を10回歌ってから設置して欲しい。

www.youtube.com

わたしはちょうど結婚する前に摂食障害が再発しそうになってたときに(ストレスで食事が食べられず、会食に行けなくなった)一人カラオケでよく歌ってました(←さすがメンヘラ)。

抑え込んだ其れは消えず
湖の底へゆっくりとまた沈んでく

二兎を追う者、一兎も得ず
矛盾に疲れて 少し心が重くなる

逃げたら余計怖くなるだけって
(Inside my lavender dreams)
分かってはいるつもり

心配しなくてもいつかきっと、なんて言えない
自信の無さに甘えてちゃ見えぬ
私の内なるパッセージ Show me love
内なるパッセージ Baby show me love
It's all in my head Can you show me love
It's all in my head Not a dream

紫の信号が点灯(ひか)って思考停止
不安だけが止まらない

私は弱い だけどそれは別に
(Inside my lavender dreams)
恥ずかしいことじゃない

宇多田先生は正真正銘のsick mother育ちなので『Be My Last』とか含めて、母への負の感情を乗り越えるような、そういう歌が多いですよね。

実際 誰しも深い闇を抱えてりゃいい
時に病んで、もがいて、叫んで叫んで
痛みの元を辿って Show me love
元を辿って Baby show me love
It's all in my head Can you show me love
It's all in my head Not a dream

築き上げたセオリー忘れよう
山は登ったら降りるものよ

両親から受け継いだもの、両親によって背負わされたものを一つ一つ手放して『自分の』人生を作っていくのが大人になるっていうことだし、大人になったからこそ『自分の人生』を生きていけるんだっていうこと

実際 どんなに深い愛も 完璧じゃない
自分でしか自分にしてあげられない
自分を認めるCourage 認めるCourage

実際 夢ばかり見ていたと気付いた時
初めて自力で一歩踏み出す
私の内なるパッセージ
内なるパッセージ
It's all in my head
It's all in my head

ほめて箱に褒めてもらわなくても、自分で自分を褒めてあげて欲しいし、自分で褒めたくなる自分でいて欲しい。

逆に、自分でも褒めるところないと思っているものを他人に褒めてもらおう、赤の他人に褒めさせようというのは暴力だとも思います。

わたしなら(わたしはTwitterしてないですが)、

「ほめて箱わたしほめられると伸びます(定期)」

とかする方はフォロー外します。めんどくさいから 。

自己肯定感が低いまま褒め合っても根本的に変わらないというか、承認欲求お化けになってますますしんどくなるだけじゃないかと思いますからね。

わたしはメンタルが強い方じゃない&スルースキルも高くないので、もともと拗らせた人(苦手←同族嫌悪)がますます拗らせていくのをTLで見るのは耐えられません。

でもね、ほめて箱を設置すること自体は別に個人の自由だし反対しません。

自分の好きな作家さんが設置してたら普通に嬉しく利用させてもらうと思います。

身勝手な腐女子ですから。

 

結論

色々書きましたが言いたいことは、

褒めること・褒められることはいいことだし、ほめて箱は勿論使って良いけど、まずは自分で自分を褒めてあげることが出来ないと、余計に承認欲求を拗らせるのでは?

ということです。

赤の他人の社交辞令ではなく、自分と作品と向き合った方が萌えも長続きすると思うので、しんどくなったらすっぱりやめた方がいいと思います。

ほめて箱=承認欲求こじらせhtrマーカー

みたいにならないように、使いやすいWeb拍手の進化系として、有効に活用出来たらいいですね♡